2018年1月13日土曜日

謎の靴跡の主

仕事が終わってスマホを確認すると留守電がありますというお知らせが届いていた、再生してみると姉ではないか、何事だろうとかけ直してみると庭に誰かの靴跡が残っているのだと怖がっている、知らぬうちに庭に誰かが入って来ていたと言うのだ。

むむ、他所のお宅の敷地内に勝手に入り込む不届き者か、姉もとても不安がっているのでまずは見に行ってみた。

すると、隣との壁に沿った小さな花壇に靴跡が残っていた、クッキリというものではなく、角度によっては認識できるが、うっかりしていると気づかぬようなものである、こんな浅い靴跡によく気付いたなと姉に言うと「こちら側(かかと側)からは気が付かなかったけど、行って戻る時のあちら側(つま先側)からだと見えたから」と言う、やはりこの靴跡を認識できるか否かは角度によるのだ。

それにしても不思議な靴跡である、私の靴をそっと隣に並べてみると確実に一回りは大きい、靴のサイズにすれば26.5cmくらいではないか、私の靴のサイズは25.5cmである、しかも、1歩目の右足から2歩目の左足までの幅がかなり広いのだ、私なら意図的に大股で歩かないとそのような歩幅は稼げない。

もっと不思議なのは靴跡はその2つだけであるという点、しかも、塀越しに隣の敷地内を見回すと壁から少し離れた場所に同じものと思しき靴跡が1ヶ所残っているのだった、家庭菜園のネギのあたりだ、ということは靴跡の主は姉のところだけではなしに隣にも立ち入ったということなのか、それにしても他には靴跡が見当たらない、いきなりその地点にポッと誰かが現れたわけでもなかろう、その靴跡の以前のものと以後のものが見当たらない。

「夜更けに入られたのかしら」と姉は言った。

なんだこれは、どうやって来たものか、私が「謎の靴跡だ」と言えば姉は「違う、恐怖の靴跡」と真顔で言った、確かに、確かに気づかぬうちに庭に誰かが立っていたりしたら気味悪いし怖いだろう、一体何者の靴跡だろう。

・・・などと思っていたら靴後の主があっさり判明した、隣の奥さんが庭に出てきたのに気付いた姉が「ほら、お宅のネギのところの靴跡がうちにもあるんです」と言うと「あー、うちの息子かも」と言うではないか、そこで奥さんが息子さんを呼んで隣の庭に入ったのかと訊くとピンポン球が姉の住まいの敷地内に落ちたので塀を乗り越えて拾って戻ったという。

ピンポン球? 何かそれを使った遊びかたでもあるのだろうか、まあそれはいい。

ひょいと塀を乗り越えて、片足を着いて、ピンポン球まで少し遠かったのでヨイショともう1歩踏み出して、ピンポン球を拾い、またその位置からひょいと塀を乗り越えて帰ったのだ。

「まあ、すみませんね」と隣の奥さんが言うのと合わせて息子さんが「おばさーん、ごめんねー、あはははは!」と笑った、姉は「ううん、いいのよ」と笑って返すしかない、見ていて可笑しくなった。

部屋に戻った姉は「入るなら入るで一言かけてくれればいいのにね」と不満気だ、なんだ、さっき面と向かっていた時とは随分な違いではないか、また可笑しくなった。

姉の言う恐怖の靴跡は隣の大きな男子高校生のもので「なーんだ」という程度の出来事だった、靴跡の主が誰だか分からぬ謎のままのほうが私としては面白かったが、姉はホッとしたに違いない。