2017年7月23日日曜日

Fさん宅の怖い部屋

元々は私と同じ町の住人だったが、何かの事情で持ち家を売り払い隣町へ引っ越した一家がある、Fさんだ、私が小学生の時のことである。

引っ越しはしたが同じ校区内なのでその家の娘のY子ちゃんはいつも通りに私と同じ小学校へ登校していた、同じクラスで席が近かったせいでよく話をした。

引っ越しをした翌週のこと、Y子ちゃんがとても怖い夢を見たことを話してくれた、引っ越した家には玄関から最も遠い場所に8畳間があり、Y子ちゃんが襖を開けて入ったところ目と口を開けた老婆が部屋の隅で壁にもたれて座っていたのだと言うのだ、目は壁側に向けたままピクリともせず、長い髪を後ろで結び、上は淡いグレーのシャツ、下はもう少し濃い目の色のスカートだったそうだ。

その話をしてくれた時には横にもう1人男子がいて、作り話だと笑っていたがY子ちゃんが話す時の目元の感じから必死に伝えようとしているのが分かり、作り話というよりは本当に見た怖い夢の話なのだろうと私は強く思ったものだ。

たとえ夢でもY子ちゃんにとっては現実のものと変わらぬ恐怖であることに違いない、親に話すと引っ越したばかりで気味の悪い話をするなと叱られたが、その日からY子ちゃんはその部屋へ入るのを嫌がり、どうしても入らなくてはならない時は昼間だけに限った上で襖を閉めず短時間にしたそうだ。

まあ、無理もない。

Fさんがそこに住んでいたのはY子ちゃんが高校を卒業するまでのおよそ9年間、その後のY子ちゃんは1人暮らしを始め、親御さんは中央区内のマンションへと住まいを移した。

怖い夢の後日談を聞いたのはそれから40年は経とうとしている今日なのだ、私はY子ちゃんと最後に顔を合わせて話をしたのはその小学生の時だけなので本人からは直接は聞いていないのだが、Y子ちゃんと中学と高校が同じだった別の女性が今も元実家町内にいて、今日の夕方の町内会のあとで昔の話として聞かせてくれたのだ。

その後日談とはこうだ、Y子ちゃんが中学生の時にはその8畳間は物置き部屋のようになっていて、ある日襖が開いたままになっていたので閉めようかと1歩近付いたところ誰かが部屋の隅にもたれて座っているであろう足先が見えたそうだ、その体勢以外では考えられない足先で、片方がもう片方よりも先に出ていてじっとしたままだったという。

Y子ちゃんは咄嗟に小学生当時の夢を思い出し、襖の陰になって見えぬ足先から上は淡いグレーのシャツと少し濃い目のスカート姿の老婆が目と口を開けたままでいるのだと直感し、恐ろしさから台所にいる母親のところへ飛んで行ったのだが、2人して様子を見に戻ると誰もいなくて普段通りに衣装ケースやタンスが置かれているだけの部屋だったという。

1回目は夢でも、2回目は目が覚めている時のことだ、なのでその時は夢ではなく幻影を見たことになる。

ふいにそんな昔の話が登場したのは9年間に渡ってFさん一家が住んでいたその一軒家が取り壊しになったからで、「昔仲の良かったFさんって人が住んでいたお宅だったのよ」という元実家町内の女性の一言に「ああ、私の小学生の時の同級生だ」と返したのがきっかけだ、Fさんが住んでいた隣のお宅と同時に取り壊され、2軒分の空き地には3階建ての賃貸住宅ができるのだと言う。

Fさん宅の怖い部屋も今はもう無いということになる、Y子ちゃんは知っているだろうか、いや、誰もわざわざ知らせたりなどしないだろうし、本人の記憶の中では色褪せて怖さなど失せたどうでもよい昔話のカテゴリに入れられているかもしれない、なのでペットボトルのお茶と柿の種をお供にボソボソと話す町内の集会所の長テーブルでの今回の雑談で終わることになる。

それにしてもY子ちゃんは幼少期になんという怖い夢を見てしまったのだろう、私ならもっと長く尾を引くだろうと思う、いやはや。