2017年7月12日水曜日

死者は遠くを見つめる

私の友人が亡くなった上司の通夜と葬儀に参列したのが先週末、今日の夕方にその友人と外で晩メシを食ったあと、ふとした話の流れでその件を知った、葬儀だけでなく通夜にも参列したのは中年になってからの転職で入社した当時から大変お世話になった上司で、何度もミスしてしまう自分を窮地から救ってくれた恩人だったのに加え、実はその6歳年上で家庭持ちの上司に惚れていたからである、友人にはそういう特別な思いがあったのだ。

上司は頭が痛いと早退したその日の晩に意識を失い救急搬送された病院で息を引き取ったという、脳の血管障害だったらしい、それまではいつも通りに笑って話をしていた上司だったのにと友人は突然亡くなってしまう人の命の儚さがあまりにも唐突過ぎていまだに実感が湧かないのだと不思議そうに話をした。

通夜でのこと、夜が更けた頃に横たわる上司の顔を見ると両目が薄っすらと開いているのに友人は気づき、その瞳をしばらく覗き込み、そして再び場を離れ、また近くに戻って来た時も目はそのままだったという。

確かに、死者の目は開くこともある、空気の乾燥などで瞼が縮んだりなどが原因だとは聞いたことはあるが正しくはどうなのかは分からない。

「遠くを見つめていただろう」と言うと友人は頷いた。

私がその視線が遠くに向けられているのを知ったのは亡くなった私の姉の目も薄っすらと開いたからである、視線は平行で姉は遥か遠くを見ていた。

そのままでは瞬きもせず涙で潤うこともないので眼は乾いてしまう、私は指で姉の両目を閉じたのだった。

友人の上司の場合は斎場の人が目が開いているのを知ると目薬のようなもので目を潤して瞼を閉じたそうである。

10年ほど昔、友人は仕事がうまくゆかず悩んでいたところ、亡くなった上司が励まそうと週末に飲みに連れて行ってくれたことがあり、愚痴をこぼして酒に酔ったあとで自宅に送って貰った時に気持ちが抑えられなくなり上司の胸で号泣してしまったことがあるという。

嫌がるふうでもなく、そのまま泣かせてくれた上司は自分がゲイであることをたぶん知っていたのだと思うと言っていた、四十路半ばで独身の自分に女のことなど訊きもせず、職場での飲み会の時に誰かからそういう話題が出てもサッと遮って別の話に持って行ったりしてくれていたというではないか。

片思いの相手であり、優しい上司だったその人がいなくなった寂しさは、もうしばらく経ってから味わうことになるのではないだろうか、きっと痛いほどに。

聞いていて切なくなる話だった。