私の生活圏のとある地区で全身真っ赤な装いのご婦人がいた、子供が履くような紐もないスリッパのような赤い靴、赤い靴下、赤いパンツ(ズボンのことだ)、そして赤い手袋、長袖の赤いウィンドブレーカー、そして赤い帽子のようなもの。
「帽子のようなもの」とあやふやに書いたのははっきりとは見えなかったからである、なぜなら顔に赤いショールのような布を緩く巻いているせいではっきり頭部が見えないからだ、それでいて「ご婦人」と書けるのはその人が50代の女性なのだと数軒離れた場所に住んでいた私の友人から教えて貰ったからだ。
どうやって前や足元が見えているのか不思議だったし、なにより全身真っ赤にする目的は何なのかが解らない、他の人も「なぜ赤くするの?」と訊いたらしいが明確な答えは得られていない。
私はその人を「ナイロン婦人」と呼んでいた、ウィンドブレーカーや靴、時にはパンツも布地が化繊のようだったからである、実際はポリエステルかもしれないしレーヨンかもしれない、まあ、ナイロンということにしたのだ、他の人は「赤鬼」と呼ぶ人さえいた。
・・・なぜ「鬼」なのだろう、それも解せない。
曜日も時間帯も意識していなかったが週に1度は見掛けていたような気がする、が、いつの間にかぱったり姿を表さなくなった、そのうち私も忘れた、そして数年が経つ。
今日はまた午後から入院中の友人(2015年11月7日のブログ)を見舞いに行った、前回と違って今日は私一人ではない、同じ町内に住む少し年上の友人と一緒だった、病室へ入ると処置中ということでカーテンが引かれ外でしばらく待つことにした、通路のベンチではなく待合室でだ。
その時、少し年上の友人が驚いたふうで私の肘を突いて言った「ほら、あの人、赤鬼さんだ」と。
久々に聞いた言葉なので一瞬何のことか分からなかったがナイロン婦人のことなのだ、そう、この少し年上の友人こそが昔ナイロン婦人のお宅から数軒離れた場所に住んでいた友人なのだ。
初めて見るナイロン婦人の素顔、痩せて小柄なご婦人だった、病院で見掛けたということはどこか悪いのか、私のように見舞いなのか、足取りはしっかりしていて元気そうには見えたが。
ナイロン婦人・・・いや、元ナイロン婦人は会計を済ませると表に出て雲の様子を気にしているのか空を見回し歩いて帰って行った。
最初に見掛けた時のあの驚き、確か夏だったという記憶がある、あれは10年以上前ではないのか、・・・ああ、もう10年にはなるのか、月日が経つのは早いものである。