2017年9月12日火曜日

朱色の雲が眩しくて

日没の時刻を少しだけ過ぎた午後6時半過ぎ、私は元実家町内の通りを東へと歩いていたのだが、辺りがなんとなく赤みがあって明るいのだ、すぐに夕日のせいだろうと気付いて空を見上げると西の空に浮かぶまばらな積雲の所々が眩しいくらい朱色に輝いていたのだった。

空が広範囲に染まれば夕焼けだろうが、今日のは雲とその周囲に少しだけだった、それにもかかわらず私の居た通りまでぼんやりと染まるのは反射が強かったからだろう、つまりは上層の空気は乾燥していて澄んでいたのだ。

そうだ、数日前の気温は低いくせに肌がじっとりと湿った夜とは大違いである、気温の高さよりも湿度の高さのほうが不快さでは影響が大きい。

刻々と朱色に輝く部分が変化する積雲をしばらく眺め、はたと思い立って1枚パチリ。

福岡においては今年の日の出の時刻が午前5時台なのは今日が最後である、明日からは午前6時台となり、昼間の時間も12時間30分を切ってしまう、夜がじわじわと長くなっている。

そして筥崎宮では博多の秋のお祭りである放生会が始まった、地元テレビ局のニュースでは露店の並ぶ参道から中継でレポートが流れていたが、むりやり浴衣姿での中継なので周囲の人たちとの違和感が凄い、まあ、完全に日が暮れてからならば浴衣もまだ似合うだろうけれど。

今年も残るところ約3ヶ月半、あけましておめでとうございますと挨拶をしたのはついこの前のことではないか、桜の開花も、どんたくも、梅雨入りも、お盆の連休も、気がつけばあっという間で今は既に9月半ばか。

飲んで食って寝て笑って働いて、余裕があるようで実はそれほどでもなく何かと気忙しいものだが、ふと見上げた雲や星、または同じ目線の高さから下にいる虫などをぼんやり眺めるひとときに何かを軽くリセットされている、力を借りているようで有り難いなと思うとともに、そんなものでリフレッシュできる自分はなんと安上がりなのだろうとも思う。

辺りを明るく照らしていた雲の反射はごく短いもので、雲と太陽の位置が変わるにつれ朱色は色褪せて暗い紺色に落ち着き、私が自宅に戻る頃には西の低い位置にわずかに薄暮が残る程度で日は暮れた。

このブログを更新している最中に開けたままのベランダ側からエンマコオロギの鳴き声が聞こえてくる、4階のこの部屋にまでである。

そこから入り込む風は涼しく、実に快適なり。