2015年9月19日土曜日

カメラを向けるなかれ

私はネットでエロは見るがグロはほとんど見ない、痛々しい怪我や病気の姿を見るのが辛いからである、ましてや死者の姿や殺害のシーンなどはもっと見ない、見るのは海外のウェブニュースやレポート中の画像だ、海外は死体などを隠さないところもある。

車の事故のニュース動画を見た、車は大破、そう、まさに大破で原型を留めていない、ドライバーなのか同乗者なのか分からぬ人が血まみれで映っていた、生死については状態があまりにも酷いので生きているとは思えない、もう死者であり死体なのだ。

交通事故は恐ろしい、ちょっとしたミスでこれほど酷い事故になってしまうのかと私自身運転は気を引き締めてとあらためて思うばかりである。

驚いたのはその事故の様子を写すスマホを持つ腕があちこちから伸びていること、一般人が撮影しているのだ、その中の1人は死者を背に自分撮りしているのだ、何をしているのだ、この人は一体何を考えているのだろう。

もし私がその現場にいたとする、事故の惨状を目にするかもしれないが撮影などとてもできない、怖いからではなく死者に申し訳ないのだ、死に様を晒している姿を撮るのがまことに申し訳ないのだ。

小学生の頃、友人と一緒に川でカニを採って遊んでいる時に死後数日経っているであろう溺死体を見つけて通報したことがある、溺死体は砂州に引き上げられたが近所の人がシーツを持ってきておぞましい姿になってしまった溺死体を覆ったのである、近所の人は離れたところで手を合わせていた。

警察の人がシーツをめくると手を合わせた人たちはゆっくり帰って行った、子供が背伸びして見ようとすると「見ないであげなさい」と叱ったのだった、「見てはいけません」ではなく「見ないであげなさい」なのだ。

私は子供ながらにそれが溺れて変わり果てた姿になってしまった人への気遣いなのだと理解した。

もし私がどこかでふいに命を失って倒れたままでいたら、やはりあちこちからスマホで撮られるのだろうか、死因によってはグロサイトのコンテンツになっているかもしれない、そんなのは嫌だなと思う。

事故にしろ病気にしろ亡くなった人の亡骸は見世物ではないのだ、痛ましい姿は隠して伏せ、そっと弔ってあげて欲しいなと思う。