2017年3月31日金曜日

肩肘張らぬ等身大の目線


よくできた短編ドラマをNetflixで見つけた、「見つけた」と書くと深い階層まで探って見つけたように思われるかもしれないが以前から新着欄やおすすめ欄でサムネイルだけは見てはいたのだが本編を見たのは今日が初めて。

今日から見始めたというのに、すでに最終話直前まで見終わってしまった、「野武士のグルメ」という1話が20分ほどの短編ドラマである。

竹中直人演じる定年退職後の男「香住武」が主人公で、他のレギュラー出演は妻役の「香住浄子」を演じる鈴木保奈美、それに幻影の中の野武士役を演じる玉山鉄二だけであるが、各話の中に登場するゲスト俳優は誰もが知っている実力派揃いでしっかりと固められている。

物語は香住武による美味な食べ物と、それに関する思い出なども絡めた雑感を心の声として描くというものであるが、このドラマに登場するグルメな諸々は高級食材や鉄人シェフといった部類とは縁がなく、アジの開きだったり、500円くらいの弁当だったり、肉屋の安いコロッケなどが主役なのだ。

あくまで普通に暮らす一般庶民の目線で描かれる誰もが知っていて美味しさを共有できるものばかりなのだ、たとえば三星レストランでの高級食材を使ったフレンチは美しく美味しそうだし実際にも間違いなく美味しいであろうが、見ている側としてその美味しさを頭の中で共有できる人というのはそうそういるものではない、だが、1個100円の揚げたてコロッケだと噛んだ時の歯ざわりやそこから微かに立ち昇る湯気にジャガイモの風味まで即座に伝わるではないか。

このドラマではそういったものが登場する。

私は竹中直人はあまり好きではなかった、私の目には演技が仰々しく、ギラついた風貌が合わなかったのだが、このドラマではやや気の弱い香住武役を演じ、「定年退職後」という年代設定にもよくマッチし身なりもさっぱりとして大変好感が持てる。

香住浄子役の鈴木保奈美も明るく優しい役どころがとても良い、そして、NHKの朝ドラ「マッサン」のマッサン役で知られる玉山鉄二の野武士役も巧いなと思う、香住武とは真逆に物怖じせず堂々とした役どころをしっかりと演じている。

現代の香住武と幻影の野武士との接点はふいにやってくる、フラッシュのように訪れるのだ、香住武は野武士の強さに憧れを抱き、その堂々とした気構えを通して己を見るのだが、このあたりはうっかりするとSFやオカルトのようになってしまいそうだが本作では破綻なく描かれている。

思い切り庶民派な短編グルメドラマ、夫婦の何気ない会話の中の相手を思いやる気持ちや野放図そうで場を弁えた心優しい野武士の立ち居振る舞いまでしっかりいただいた、ごちそうさまでした。