いつの間にか実家町内のアパートの2階の1室が空き家になっていた、いつも窓に見えていた錆びたように汚れた窓型エアコンの背面が目に留まっていたのだが、気がつけばガラスから透けて見えていたカーテンと共に消えていた。
「M(そこの住人の苗字)がいないようだが」と同じくMをよく知る人に言うと7月の終わり頃いなくなったと言う、引っ越したのか家賃滞納か何かで追い出されたのかはわからない。
Mは有名人だった、悪い意味での。
忘れられない出来事がある、70歳代のMには更に少し年上で他に身寄りのない同居していた高齢の女性がいたのだが、Mは女性が受け取る生活保護費を横取りし、朝から晩まで家政婦のように扱い、何か気に入らないことがあると八つ当たりし暴言を吐き、寒かろうが暑かろうが雨の日でさえ外に追い出して立たせたりと日頃から辛く当たるばかりの酷い男だった。
たぶん女性は暴行を受けたこともあったのではないだろうか。
ある日、女性があまりにきつそうに歩いているのを見かねた近所の人が声を掛けると体が痛くて普通に歩けないと言いながらも、夕食の準備をしなくてはまた叱られるからと傘を杖代わりにし買い物に行こうとするのが見るに堪えず病院に連れて行ったことがあったのだった。
近所の奥さんたちが病院に連絡を入れた後に車で連れて行ったのだがそこで驚愕の事実が判明、付き添いでやって来た人に医師が「胸の事は知っていますか?」と訊くので何かと思えば女性の許可を得た上で左胸にかけていた布をめくって「ほら」と見せたそうだ。
そこに見えたものはまるで冷えた溶岩のような物体、癌なのだ、乳癌が大きくなり、皮膚を突き破って表面に露出し盛り上がっていたのだった、その大きさは指を閉じた手のひらほど、ここまで大きくなるには数年を要したはずだと医師は言ったらしい。
当然のことながら福祉に連絡し入院、だがあまりにも進行しているので手術もできない、高齢で体力も無いので抗癌剤は使えず、唯一ホルモン療法だけが治療の手段という状況。
Mとは縁を切って治療に専念しなさいと皆は言うが、Mは毎日のように病院にやってきては「毎日こんな所で寝てばかり」だの「役立たず」などと大声で女性を責めては看護師に追い出される毎日の繰り返し、とうとう警察に通報され病院から来ることも禁じられ、女性はやっと静かに過ごせるようになったのだそうだ。
結局のところホルモン療法の効果はそう長くは続かず女性は1年ほどで亡くなったのだったが、その時も一応電話で連絡を入れた先のMからは「身内でもないから知りません」と一切を拒否され何もしてはくれず女性は無縁仏として埋葬されたというではないか、情けないことである。
女性はどこで、どうやってMと知り合ったのだろう、私から見れば全く不幸なことである、ただ、見舞いに訪れた近所の人には病床で「あの人はとても優しい人だったのです」と20年ほど前にMと知り合った頃のことを嬉しそうに話していたという。
女性が亡くなった後にMは目眩のせいでまっすぐ歩けなくなり入院をしたことがある、期間は2ヶ月ほどだったろうか、数少ない連絡先だった町内の酒屋(配達をお願いしていた)へ「寂しいんです、来てください」と電話があったらしいけれど無視し見舞いになど行かなかったと言う。
退院後も体調は元に戻らないまま介護の人が来るようになり、そしてアパートからいなくなった、今はどこで何をしているのか誰も知らない。
いや、知っていても何もしないと思う。
女性の墓は南区内にある、この盆も町内から2人が墓参りに行ったらしい、同じ身寄りのない独りきりではあっても、今は女性のほうがMよりはずっと幸せなのだと思うし、そうであって欲しいと思う。