2016年8月10日水曜日

お盆の準備

姉がお盆の準備で忙しい、今年は北九州市内に住む遠い親類もやって来るという、何より、私と違って家族が戻って来ると信じているので張り切っている。

念入りな清掃と、飾り付け、食事の内容と準備について姪っ子と話していた。

私はというと必要なものを買いに行ったりなどの雑用係に徹するのだ、まあ、盆と言えばいつもそうなのだけれど。

だが、その一方で若くして他界した友人たちの墓参りも行きたい、車は手放したので移動は全てJRとバスを利用することになる。

まずは隣の山口県、関門海峡を挟んで九州と向き合う下関まで行く、私と同い年の友人の墓がそこにはある、その次は県内の筑豊だ、バスを2度乗り継がないと辿り着けない辺鄙な場所に寺があり、そこに別の友人(2014年5月13日のブログ)の墓があるのだ。

どちらとも共通しているのは身内があまり来てくれていないような感じがすること、いつ行っても草ぼうぼうで花も無い、墓石を拭いてくれているふうでもない、そのくせ盆の墓参りなどで誰かと出くわすと「来ないでくれませんか」などと不躾に言うのだ。

どちらの友人も他界してからゲイだったことが身内に知られた、遺品整理などから嫌でも判る、身内にすればショックなことだったのだろう、だがそんな現実を恥じたり嫌ったりしたところで仕方がないと思うのだ、そのせいで私を含めて友人たちと葬儀に出席しようとしたが断られたのだった、仕方ないので香典だけを受け付けに渡して帰ってきた。

身内ではない受け付けの人が申し訳無さそうに何度も頭を下げていたのが印象的だった、一緒に葬儀に出席しようとした友人の中にはそんな対応に腹を立てた人もいる、私も不愉快だったが噛み付いても仕方がないので黙ってはいた。

この点ではっきり言えることがある、私たちゲイの友人を嫌って拒絶したのは圧倒的に身内の男性たちである、女性たちはそんなこともなく受け入れてくれた、以前にも書いた(2015年5月5日のブログ)ことがあるのだが、こういうことに関しては男よりも女のほうが懐は広くて深い。

そんな出来事もあったせいでその後の盆の墓参りは私ひとりになってしまった、しかも、なるべく相手の身内とは顔を合わないほうがいいような気がするので少し日をずらしている、もし本当に「あの世」というものがあるのなら、他界した友人たちはさぞ情けない思いをしているのではないだろうか。

今年は12日に行こうと思う、仕事は既に休みにした、早朝から下関へ向かい、その後で筑豊へ回って戻ってくることにする。

天気は晴れで相当暑いらしい、海風の吹く下関はそうでもないだろうが筑豊の暑さはかなりのものだと思う、まあ、暑さにも慣れたので平気だが。