いつもと少し違うルートを歩いてみようと少し遠回りの道を選んだ仕事帰りに見つけたスーパー、普段行き来する通りからそれほど離れていないのだが初めて通る道なのでそこに店があるなど全く知らなかった、あちこちに店舗を構えるチェーン店ではないようだった、スーパーといっても小ぶりだ。
中に入ってみた、店内には年齢が高めな客が多くたぶん近所の住人であろう感じだった、青果売り場には胸に「研修中」の名札を付けた品出し中の男性店員がいて今日の特売品のバナナを並べていた、箱から取り出しては置き、また取り出しては置き、バナナが傷まないよう注意しながら作業をしていた。
高齢の女性がそんな店員にポットの洗浄剤はどこにあるかと訊いてきた、店員は手を止め「もうひとつ隣の通路のこのあたりにございます」と手でおおまかな位置を伝えた、女性は「このあたりね」と同じ方向を指さして隣の通路へ向かった。
その時の口調がとても優しく女性的だった、声のトーンも高い、もしかしたらそうなのかなと感じた。
店員は再びバナナを並べ始めたのだが、ブランド名のあるシールが貼られていないものが出てきたので別のメガネをかけた男性店員に「あの、これはどうしましょう?」と訊いた、メガネの店員の回答はまさかの小声で「知るかよ」。
研修中の店員は無言で、シールの貼られていないバナナを空箱が積まれれた運搬用のカートに戻し、それを押して通用口へ戻って行った。
冷たい先輩店員がいるものだ、新入りにはいつもそうなのか、或いは今日の研修中の店員だけなのか、それは分からぬがこの先もそんな状態が続くのなら楽しくないだろうなと思う、辛いだけの仕事になってしまうかもしれない。
ふと、もしや女性っぽさから浮いているのではないかとも思った、過去にそういう人がいたのだ、私はその人のことを「けいちゃん」と呼んでいた。
社会人になって2年目に入ってきた新人さんだったのだが、物腰柔らかく親切で口調が女性のようだったので先輩諸氏には陰で「おかま」と呼ばれていたのだ、私と一部の女性社員は普通に話をしてはいたが口をきかない人の割合のほうが多く、特に男性社員の中では浮いていた。
真面目で優しい人だったが「男」のイメージから外れるとそういう扱いを受けていた時代である、いや、今でもそうなのかもしれないが。
結局、けいちゃんは職場に馴染めず1年を待たずに辞めて行った。
今日の研修中の店員はどうしているだろう、今の仕事について思い悩んではいまいか、先輩店員の「知るかよ」という一言を思い出すと気になってしまうのだ。
そして、けいちゃんはどこで何をしているだろう、あの後でありのままのけいちゃんを受け入れてくれる同僚のいる職場に出会えただろうか、それもまた気になってしまう。