午前中の仕事中に通用口へ副食材の卸業者からの納入品が届いた、いつもは営業さんが配達に来るのだが人手が足りないらしく、代わりにやって来たのは軽トラックに乗った初めて見る運送業者の配送員だった、どこに置きますかと訊かれてほぼ真四角の箱のものは専用の置き場所があるのでそこへ、長方形の箱のものは棚の上へとお願いした。
見た目で四十路半ばというその配送員は私なら1箱ずつ抱える真四角のほうの箱を2箱いっしょに抱えてドンと積む、力持ちなのだ。
長方形の箱のほうをやや高い棚に乗せようと腕を伸ばした時に右の上腕にチラリと刺青が見えた、長袖が暑いのか、動きにくいのか、その配送員は半袖なのだ。
私に見られたのに気付いて「やばくないんで、ご心配なく」と苦笑いしながら言ったので休憩時間でもなくそこそこ忙しかったので「ん、何が?」と惚けて流した。
約30分後の休憩時間、先ほどの配送員の腕の赤と黒のラインをずっと昔の記憶と重ねてみた、私が10代も終わりがけだった頃に遊んだ中年男が刺青を入れていたのだ、見た目はスーツ姿のどこにでもいるお父さん風なのだが、2度目のデートでホテルに行った時は部屋にいる時でも長袖姿で肌を見せようとはしなかったのだ、抱き合う段階になると部屋の灯りを消してしまう、カーテンを隙間なく閉めて枕元のデジタル時計すら非表示にし消してしまうから文字通り真っ暗なのだ、私が恥ずかしがるのを気遣っているのか、その人自身が恥ずかしいのかどちらかだろうから暗いままにしておこうと特別気にすることはなかったけれど。
事が済んでよたよたと足元に注意しながらシャワーを浴びようと浴室まで行き灯りつけると目に沁みるほど眩しくて思わず後ろに顔を背けると漏れた光でベッドに腰掛けてタバコを吸っているその人と刺青が薄っすらと見えたのだった。
タトゥーなどという呼び方などされてない、刺青が特殊なイメージの枠から抜け切れていない時代のことなので私も最初は驚いた。
刺青を知られてしまったことに気付いたその人は「怖いか?」と訊いたが正直に怖くはないと答えた、私には優しい人だったからである、そこで部屋を明るくして見せてくれた、絵柄は赤と黒が強く印象に残る金太郎と鯉だった。
仮に「刺青は好きか?」と訊かれていても正直に「好きではない」と答えていただろう、嫌いではないが好きでもないのだ、その人が刺青は消せないという点を充分に納得した上でもなお強く希望するのなら入れればよい、あとで後悔し手術で皮膚を切り取ってまで消してしまおうなどと思わぬ覚悟があるのならそれでよいのだ思う。
私が今日見た配送員の腕の赤と黒は何の絵柄なのだろう、この先何度その配送員と会おうとも、その事に触れる機会は一切ないのだけれど。