2017年10月27日金曜日

待ち子は若いうちだけで

好きな人がなかなか会ってくれないと嘆いている人がいる、いつまで待っても連絡が来ないのだという、メールにメッセージアプリ、電話番号だって知らせているのに連絡をくれないのだそうだ。

そんな悩みを抱えているのはどこのどんな人なのかは分からぬが某チャットルームではカタカナを使ったハンドルを使うK氏である。

相手のことをとても好きなのだが、なかなか好きとは言えず、でも会いたくて待っているのに連絡が来ないのでどうしようもないと言うのだが、ふと、自分のほうから連絡をとった話とその結果が出てこないことに気付いて「自分から連絡した時はどうだったのだ」と訊いてみると、なんと、自分からは連絡はしたことがないと言うではないか。

なんだそれは、ずっと待ち続けて1ヶ月が経つのか、会いたければ自分からさっさと連絡をとって誘えば良いものを。

だが、どういった複雑な心境なのかは分からぬがそれはし難いらしい、自分から連絡をとるのが格好悪いのかと訊けばそうではないと答えるし、恥ずかしいだけなのかと言えばそれもまた違うらしい。

んん、一体何なのだ。

私だったら連絡を知っているのならさっさと誘うぞ、普通に「今日会えませんか?」、もしくはもう一歩進めて「今日会いたいです」くらいは難しいことではない。

しないのは遠回しに「メシでも」などという誘いかた、そう誘う時は本当に空腹で腹いっぱいになりたい時に誰かと一緒に食えばメシも更に美味くなるだろうと思っている時である。

K氏に「会いたいですとメッセージ書いて『送信』タップでいいではないか」と促すと「うーん、ちょっとそれは・・・」という返答。

いや、一体何なのだろう、可笑しくて笑ってしまったが、まあ、私には分からぬ心理だ。

「自分、待ち子なんで」と続けてK氏は言う、そうだ、待ち子だ、だがそれが可愛いのは若いうちだけだという気がする、四十路の中年だとなかなかピンとは来ない、ズバリと誘うことに大人らしさや男らしさなどを関連付けて考えたことはないけれど、ズバリのほうがあっさり会えるか断られるかで展開が早いしはっきりしているではないか。

だが待ち子だと、ほーら、1ヶ月も悩んでいなくてはならない。

好きで会いたい人がいるのならサッと誘ってみようではないか、もし誘いに応じてくれて会えればしめたものだし、それで縁が深まれば言うことはない、万が一断られたらあっさり諦めて次の出会いを楽しみにしておけばよい。

断られてもこの世の終わりがくるわけではない、一時的に落ち込んでも腹は減るし眠るしクソもする、意外と早く平気に戻れるので大丈夫、その点は断られた経験が豊富な私が言うのだから間違いない。

そう、心配ないのだ、うん。