部屋に友人が遊びにやって来た、事前に夕食を部屋で一緒に食べようと連絡が入っていた、用意はしなくていいとも言っていたのでテレビを見ながら待っていたら、デパートの地下で買った唐揚げとミニ弁当とざる豆腐、そして発泡酒の入った袋を手に提げてやって来た。
部屋に入れてみるとやたら顔がテカテカとしていて全体的にタバコ臭い、顔でも洗うかと訊けばシャワーを貸してくれと言う、仕事帰りの服装で洗えるものは全て洗濯機に放り込み、シャワーから出てくれば乾燥機が止まるまでは当座の間に合わせで私のを何でも着てもらった。
買ってきてくれたものを器に移すなり並べるなりしていたらスッキリしたとシャワーから戻ってきた、そこで一言「あの石鹸いいね」。
顔や頭の脂が一発で落ちたというのだ。
私はシャンプーやリンスといったものは使わない、お中元や業者からの試供品で貰った石鹸がたくさんあるのでそれを使って全身洗うのだ、もちろん坊主頭も。
今使っているのはお馴染みの牛のマークの赤箱、使えば手にも頭にも香りはそれなりに残る、が、友人は何も香らない。
不思議に思いつつ冷凍庫で冷やしておいたグラスを取り出して発泡酒をついでいた時にパッと気が付いた。
友人は風呂場に置いてある洗濯石鹸を使ったのだ、訊けば2種類あるけど隅に置いてあった使いかけで普通の石鹸と同じくらいの大きさになっていた洗濯用のを使ってしまったらしい。
洗濯石鹸だと気付かなかったのか、ああ、先に言っておけばよかった。
浴用のものとは違ってアルカリ助剤が入っているので脂汚れにはとことん強い、なるほど、それを使えばテカテカも一発で落ちてしまうはずだ、高級な石鹸の正体は1個120円くらいの洗濯石鹸なのだ。
あれは洗濯用のだったと言ったら「へえ〜」で終わった、ちゃんとすすいだということなのでそれで良し(笑)。
さて、そろそろ乾燥機も止まる頃だが、友人は空きっ腹に飲んだ発泡酒のせいで赤い顔で転寝しています。
自然に目が覚めるまでこのまま放っておこう。
2014年10月8日水曜日
次回は来年の春
しばらくぶりの皆既月食は、福岡からも晴れて乾いた夜空にはっきりと観測できた。
眼鏡越しに見た月はもっと微妙な色合いが楽しめたけれど、窓辺からコンデジで粘った成果はいまひとつ。
大きく撮りたいのでズームをかければブレて難しい、ベランダの手摺に両肘を固定して粘った何度目かでなんとなく程度に撮れた。
それでも今日の記録としてはこれでも充分なので良しとしておこう。
2014年8月21日木曜日
最後のQ33
正式な商品名は「MDR-Q33SL」、ソニーの廉価で日本製の耳掛け型ヘッドフォン。
最初に1本買い、音が良かったので追加で2本買い、販売終了後に「もう1本買っておけばよかった」と思っていたところに新品をオークションで見つけて落札購入、結局全部で4本手に入れたことになる。
昨日、3本目の左側のユニットを破損してしまったせいでとうとう残る最後の1本の出番となってしまった、布編みのようなケーブルは柔軟性があり使い勝手は良いものの、もしかするとイヤードライブ側で断線が起きやすい構造なのかもしれない、その点に注意し大事に使わねば。
インナーイヤー型ヘッドフォンが全盛の今は耳掛け型そのものがマイナーな部類で、しかも耳掛け型の中でも無骨なデザインなので街では「おや?」という目で見られることもたまにはある、が、それは構わない(笑)。
周りの音が聞こえるので雑踏の中でも危なさを感じることはそれほど(全く?)無くく、逆を言えば音漏れが激しいので人の多い場所では音量を絞るか、いっそ使用しないかに努める必要はありますが。
カーンと立ち上がる乾いた締りのあるスッキリとしたこの音が好き。
マイケル・ジャクソンの「Black or White」の冒頭の部分、ドアを強く叩く音に「自分の部屋か!?」とギョッとしたこともある、懐かしい。
音のマニアにとってはチープなドンシャリ音らしい、だけど、個人的にはこの機種以降、これに代わるものは未だ登場していないのだ、同クラス帯であればKOSSというメーカーのものに良いものはあるにはある。
ただし、ややサイズが大きい、もう少しコンパクトなら良いのだが。
ところで、手頃なこのあたりの価格帯に日本製のヘッドフォンとはあるのだろうか、ソニーのこういった商品もこれ以降は中国製や韓国製だったりで日本製は無さそう、オーディオテクニカやパナソニックも海外生産品のようだし。
円安で海外製造のメリットが薄くなっているだろうから、こういった商品も国内回帰で日本製に戻って欲しいと思う。
2014年8月16日土曜日
「こわい」
昔と違ってテレビから夏の怪談番組がめっきり減った、ドキュメント風なもの、語り部調、映画の類まで軒並みである。
減った理由は様々ではあると思うが、怪談好きの一人としては寂しい限り。
夏休みには昼のバラエティ番組でも毎週のように怖かったり不思議な話の放送をしていたが、今はお笑いタレントによるよくわからない番組だけになってしまった。
意外なことにNHKが面白い特別番組を放送することがある、たとえば2年続けて盆の頃に放送した語り部形式の「日本怪談百物語」や小泉八雲についての番組、オムニバス形式のドラマ「おそろし ~三島屋変調百物語」(放送予定)など。
私は、NHKには怪談ネタが好きな人がいるのだと思っている(笑)。
特に最初に挙げた日本怪談百物語は秀逸だった、CG満載の映像で見せるのではない、語り部の読む演技力のみの勝負で、同じ話を聞いても頭に思い描く怖い光景は人それぞれだと思う。
だが、そういった場合、誰しも意識することなく仕入れた話の筋に自分が最も怖いと思う光景を絡めるように自分で思い描いてしまうものなのだ、なので話だけを聞いて怖さにおののくというのは内側から湧き上がる怖さなのである、これは映像で見せられるよりも長く尾を引く。
子供の頃の、見つめる静かな闇夜の奥に見えてはいけない異界のものが見えてきそうな思いに足が竦むような怖さは自分自身の情操教育に役だっていたはずだと今では思う。
あの闇夜から連想や想像する怖さの対象は、どうにも抗えない自然への畏怖の念に重なるものがあり、今に至るまでその思いは崩れぬままなのである。
子供には奥底の欠片すら見えぬ溺れ沈みそうな暗闇の怖さを教えてあげて欲しい、形を成さぬ概念だけにしろ「こわい」という感覚を養って欲しい。
目に見えるものや直に触れることができるものしか信用しない子供が増えた今、もっと視野を広げ、感性豊かな人として成長してくれればと思っているのだ。
そして、願わくば大人になった時に、己が暗闇の怖さに震え、自然と自分との距離を知った時のように後世を担う子供らに「こわい」という感覚を教えて欲しいのだ。
減った理由は様々ではあると思うが、怪談好きの一人としては寂しい限り。
夏休みには昼のバラエティ番組でも毎週のように怖かったり不思議な話の放送をしていたが、今はお笑いタレントによるよくわからない番組だけになってしまった。
意外なことにNHKが面白い特別番組を放送することがある、たとえば2年続けて盆の頃に放送した語り部形式の「日本怪談百物語」や小泉八雲についての番組、オムニバス形式のドラマ「おそろし ~三島屋変調百物語」(放送予定)など。
私は、NHKには怪談ネタが好きな人がいるのだと思っている(笑)。
特に最初に挙げた日本怪談百物語は秀逸だった、CG満載の映像で見せるのではない、語り部の読む演技力のみの勝負で、同じ話を聞いても頭に思い描く怖い光景は人それぞれだと思う。
だが、そういった場合、誰しも意識することなく仕入れた話の筋に自分が最も怖いと思う光景を絡めるように自分で思い描いてしまうものなのだ、なので話だけを聞いて怖さにおののくというのは内側から湧き上がる怖さなのである、これは映像で見せられるよりも長く尾を引く。
子供の頃の、見つめる静かな闇夜の奥に見えてはいけない異界のものが見えてきそうな思いに足が竦むような怖さは自分自身の情操教育に役だっていたはずだと今では思う。
あの闇夜から連想や想像する怖さの対象は、どうにも抗えない自然への畏怖の念に重なるものがあり、今に至るまでその思いは崩れぬままなのである。
子供には奥底の欠片すら見えぬ溺れ沈みそうな暗闇の怖さを教えてあげて欲しい、形を成さぬ概念だけにしろ「こわい」という感覚を養って欲しい。
目に見えるものや直に触れることができるものしか信用しない子供が増えた今、もっと視野を広げ、感性豊かな人として成長してくれればと思っているのだ。
そして、願わくば大人になった時に、己が暗闇の怖さに震え、自然と自分との距離を知った時のように後世を担う子供らに「こわい」という感覚を教えて欲しいのだ。
2014年8月11日月曜日
雲の上のスーパームーン
撮れるものならと待ち構えていた午前0時10分過ぎ、カメラを手にベランダに出て南の空を探して・・・みるまでもなく手摺りが雨で濡れているのを確認、腕を伸ばせば生ぬるそうな雨粒がポツリと肌に当たる。
空は街の明るさに照らされて低く濁っていて最接近のスーパームーンは撮れず仕舞いだった。
雲に隠れて見えないけれど今夜はいつもより大きく明るい月がある、地味ながら潮の満ち干きにも影響しているのだ、距離が近いのだから作用する引力だって強くなるからである。
確か2011年のイギリスで数隻の船が座礁した事故はスーパームーンの影響だと言われていたが実のところどうなのだろう、直接的には僅かでも、地形なり潮の流れなりのせいで影響は大きくなったのかもしれない、結局のところ座礁事故との因果関係ははっきりしてないままなのだけれど。
津波を起こすような地震との関連があると主張する人もいる、これも因果関係ははっきりしない。
最接近ではないものの、なるべく距離の近い月を狙って明日の、たとえば午後8時15分はどうだろう、既に3800kmほど遠ざかってはいるけれど晴れていれば高度の低い赤みを帯びた大きな十六夜が撮れるかもしれない。
もし、撮れたなら、また皆さんにお裾分け。
ちなみに次回のスーパームーンは2015年9月28日で今年よりもまだ接近、さらにその次は2016年11月14日で2015年よりももっと接近、2011年の最接近よりも近いのだ、楽しみである。
(追記)
午前1時40分頃に月が見えてきたので雲を透かして1枚パチリ。
太古の昔は目視で山のような大きな月が晴れた夜空に昇っていたそうだ、今よりも近い場所にあったので確かにそうだろう、地球にはまだ初期の生物しかいなくて、1日が10時間くらいだった頃の話ですが。
月は年に3cmだっただろうか、遠ざかっているそうな、今の距離考えると気が遠くなる。
(さらに追記)
午前3時20分、きれいに晴れていたので更に1枚パチリ。
では仕事に行ってきます。
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