早朝、仕事へ行く途中、那珂川を渡る橋の上では微風ながら川面に沿って博多湾から風がひたひたと入っていた、今朝の気温はとうとう20度を割らぬまま、梅雨時の低い雲の下で湿度が高いせいで歩く度に両肩のあたりで服が纏わり付く。
まさか寒いなどということはなく、動いていれば蒸し暑さすら感じるというのに己の吐息が街灯を逆行にした時に白く現れるのを確認、湿度が飽和しているのだ。
太平洋を渡って吹き寄せる南風が弱い時に起きる梅雨時の現象で、こういった梅雨を凌いだ夏は何故だか夜行性の虫が少ないのを経験則で承知している、夜の明るい窓辺に集まる数も若干減るはず。
虫嫌いな人にとっては嬉しい話だろう。
そういえばあと10日経てば夏至を迎え、この北半球では太陽が北回帰線に達する、・・・もうそんな季節だとは、早いなあと思う。
仕事場に着いて氷を入れた水を飲む、コップを置いてものの数分でびっしょりと結露していた、水がぬるくなるのも早い。
肌着代わりのTシャツでさえ湿気で肌に纏わりつくようで気持ちが悪かった。
昼になれば気温も上がって蒸し暑さが増すだろう、こういう日はさっぱりした食べ物が好まれるのが分かっている、これも経験則。
小鉢用に「あちゃら漬け」を用意した、昆布のだし汁に酢や砂糖と塩を足して煮立たせ、冷ました中に準備した野菜を入れておくだけの即席漬けのようなもの。
なんという簡単さ、一応博多の郷土料理ではある、名前の由来はポルトガル語らしい、そういえば博多の祭り「どんたく」はオランダ語だという、なぜ遠い国からの言葉が若干形を変えつつも定着したのだろう、どんな縁があったのか不思議である。
今日の野菜は湯通ししたレンコンに人参と大根、そして塩もみしたキュウリ、香り付けのショウガ、これだけ。
プチトマトやナスでも美味しい、オクラだってそう、今まで漬けて失敗だなと思ったものはいも類ぐらいか、里いもやじゃがいも、これはまずかった。
じっとりした季節には酸っぱいものが美味しい、気分もさっぱりするのだ。
2014年5月13日火曜日
夢で逢いましょう
JRというよりも昔の国鉄の・・・といった趣の駅前を眺めていると、通りの向かいの小さな店で買ったソフトクリームをひとつずつ両手に持ち、幅の狭い一方通行の車道を渡って笑いながら友人が早足でやって来た。
ここのところメールでしか連絡をとっていなかった人なのに今日はこうやっていい歳をした中年2人で駅前にいる。
やや暑く、地面の照り返しが目にしみるほど眩しい晴れの日で、どこからか鉄を削るような焼ける匂いが漂ってくる、そういう音は聞こえないけれど。
差し出された片方のソフトクリームを受け取り、駅舎の軒に沿って並んで歩き始めたところで、つい先程まで私の近くにいた背の高い見知らぬ男が「次ですよ」とはっきりとそう言ったのだ。
2人とも後ろを振り返った、一瞬私に言ったのかと思ったが友人にだったらしい、でも友人はすかさず「まだです」と男に返した、面識のある人なのだろうか? 「次ですよ」と言われて「まだです」と返せるのは何の話なのかを解っているからである、何度か男と友人の顔を交互に見て、そしてまた並んで歩き始めた。
そこで友人に「次って何だ」と訊けば、溶け始めたソフトクリームを気にしながらも答えようとしたところへ徐々に音を大きくしながら先程の一方通行の車道を救急車が通り過ぎて行く、音も車体の照り返しの輝きも非常にシャープで、あまりにも音が大きくなったことに驚いて・・・目がさめた。
夢だったのだ。
まだ表は暗い、テレビで夜更かしのまま眠ってしまっていた、近所の大通りを救急車がサイレンを鳴らしながら通って行く、途中でスピードを落としたのかなかなか遠ざからず大きく長く聞こえていた。
またしても夢の中の出来事と現実がシンクロして夢が途切れてしまった、そもそも普段だと見た夢など内容はほとんど覚えていないのに、いきなり目がさめると覚えていることもある、今日のがそうだ。
二度寝をすると忘れてしまいそうなので、目が冴えている今のうちにこうやって書き残しておくことにする。
「次って何だ」の答えを聞く前に目がさめてしまったのがなんとなく惜しい、それが何なのかを知りたい、だけど、それよりも笑いながらソフトクリームをくれた友人に会いたいのだ、1歳ちょっと年上だった彼に私は年齢で追いついてしまった、夢の中では笑う顔も声も、バイクの鍵に付けてあるキーホルダーの輪に人差し指を挿してクルクル回す癖だってよく知っているあのままなのだ、それなのにどうしてそんなに早く亡くなってしまったのだと時が経つにつれ寂しさが増してくる。
若くして他界した人を「逝くには早過ぎる」と言われることはよくあること、今まではそう言う気持ちは理解できていてもどこか他人事だと捉えていたが、この友人の件については痛切に我が身のこととしてそれを感じるのだ、あまりにも早過ぎる。
今年は初盆ではないか、私は死後の世界など無いと思っている、火葬されれば水蒸気と煙と灰になって終わるだけだと信じている、それなのに彼に限ってはいわゆる「あの世」で楽しく過ごしていて欲しいと願っている。
私は仕事と人に疲れた晩年の彼を見てきた、だからこそ笑って楽しく過ごしていて欲しい。
今は何をしているだろう? 彼と並んで笑って話せるのは目ざめた時に覚えているかどうかわからぬ夢の中だけになってしまったけれど。
そう、いつかまた夢の中に現れて、他愛もない話で笑い、はっと夢からさめて、私はまた寂しい思いをするのだと思う。
ここのところメールでしか連絡をとっていなかった人なのに今日はこうやっていい歳をした中年2人で駅前にいる。
やや暑く、地面の照り返しが目にしみるほど眩しい晴れの日で、どこからか鉄を削るような焼ける匂いが漂ってくる、そういう音は聞こえないけれど。
差し出された片方のソフトクリームを受け取り、駅舎の軒に沿って並んで歩き始めたところで、つい先程まで私の近くにいた背の高い見知らぬ男が「次ですよ」とはっきりとそう言ったのだ。
2人とも後ろを振り返った、一瞬私に言ったのかと思ったが友人にだったらしい、でも友人はすかさず「まだです」と男に返した、面識のある人なのだろうか? 「次ですよ」と言われて「まだです」と返せるのは何の話なのかを解っているからである、何度か男と友人の顔を交互に見て、そしてまた並んで歩き始めた。
そこで友人に「次って何だ」と訊けば、溶け始めたソフトクリームを気にしながらも答えようとしたところへ徐々に音を大きくしながら先程の一方通行の車道を救急車が通り過ぎて行く、音も車体の照り返しの輝きも非常にシャープで、あまりにも音が大きくなったことに驚いて・・・目がさめた。
夢だったのだ。
まだ表は暗い、テレビで夜更かしのまま眠ってしまっていた、近所の大通りを救急車がサイレンを鳴らしながら通って行く、途中でスピードを落としたのかなかなか遠ざからず大きく長く聞こえていた。
またしても夢の中の出来事と現実がシンクロして夢が途切れてしまった、そもそも普段だと見た夢など内容はほとんど覚えていないのに、いきなり目がさめると覚えていることもある、今日のがそうだ。
二度寝をすると忘れてしまいそうなので、目が冴えている今のうちにこうやって書き残しておくことにする。
「次って何だ」の答えを聞く前に目がさめてしまったのがなんとなく惜しい、それが何なのかを知りたい、だけど、それよりも笑いながらソフトクリームをくれた友人に会いたいのだ、1歳ちょっと年上だった彼に私は年齢で追いついてしまった、夢の中では笑う顔も声も、バイクの鍵に付けてあるキーホルダーの輪に人差し指を挿してクルクル回す癖だってよく知っているあのままなのだ、それなのにどうしてそんなに早く亡くなってしまったのだと時が経つにつれ寂しさが増してくる。
若くして他界した人を「逝くには早過ぎる」と言われることはよくあること、今まではそう言う気持ちは理解できていてもどこか他人事だと捉えていたが、この友人の件については痛切に我が身のこととしてそれを感じるのだ、あまりにも早過ぎる。
今年は初盆ではないか、私は死後の世界など無いと思っている、火葬されれば水蒸気と煙と灰になって終わるだけだと信じている、それなのに彼に限ってはいわゆる「あの世」で楽しく過ごしていて欲しいと願っている。
私は仕事と人に疲れた晩年の彼を見てきた、だからこそ笑って楽しく過ごしていて欲しい。
今は何をしているだろう? 彼と並んで笑って話せるのは目ざめた時に覚えているかどうかわからぬ夢の中だけになってしまったけれど。
そう、いつかまた夢の中に現れて、他愛もない話で笑い、はっと夢からさめて、私はまた寂しい思いをするのだと思う。
2014年4月26日土曜日
4時48分の地球照
今朝の月は有明月、そろそろ夜が明けようかという時刻からぼんやり赤く昇ってくる月だった。
近くに明るい金星を御共に昇るその月をカメラ片手に狙ったのは地球照を撮らんがため、珍しくもないその現象のくせに、雲や睡魔に負けて最近お目にかかっていませんでした。
とはいえ昇り始めは月の光が通過する大気が分厚くて地球照までは見えにくい、充分に高度を上げるまで待てば太陽に追われて月は明るさを失い地球照は到底見えない。
そこで4時48分、高度と薄明のバランスをとってその時刻に決めました。
画像をよく見たところで・・・見えないかもしれない(汗)、それでも地球照と金星をお裾分け。
考えてみると月の明るい部分は太陽の光が月を照らし、その反射が地球に届いている、ぼんやりとした地球照の部分は太陽の光が地球を照らし、その反射が月を照らし、そのまた反射が地球に届いていることになる。
ということは、明るく輝いている部分は、地球照の部分よりも1.3秒ほど先に移動して見えているということになるのだろうか、明るい部分は月→地球へ光が届く時間の1.3秒、地球照の部分は地球→月でまず1.3秒、その反射の月→地球で更に1.3秒、合計2.6秒かかるので。
その差は1.3秒ということなのか、ああ、ややこしい。
あんなに遠い月なのに光だと僅か1.3秒で行ける、一方の太陽は8分19秒、桁違いに遠い。
一番身近な月を見ていると、この太陽系の広さが見えてくる、その太陽系を考えていると銀河系の広さに気が遠くなる、銀河系を考えていると隣のアンドロメダ銀河までもが途方もないことに気がつく。
今朝はこうやって月を見て楽しんでいたけれど、遥か先ではどうなっているだろう、太陽にも寿命があるので地球だっていずれは生物のいない星となる、それどころかこの銀河系は隣のアンドロメダ銀河と猛烈なスピードで接近しているのでいつかはひとつに混ざり合ってしまう、その頃人類はどうしているだろう。
数十億年は先の話なのでやっぱり気が遠くなるけれど。
2014年4月8日火曜日
色黒ずんぐり毛深い熊さん
昼に実家の玄関を開けたままで靴の手入れをしていると「ブーン」と左上から重そうな太い羽音がする。
春になると玄関の天井付近にある通風口から巣作りに入ってくるスズバチ(スズメバチではない)が帰ってきたのかと見上げてみれば似ても似つかぬずんぐりとした太い蜂がいました、大きな黒い目とオレンジ色の毛がアクセント、気は優しくて力持ちの「クマバチ」だった。
それは行儀の良いクマバチで、玄関の入り口で静止し羽音を響かせるだけで中には入って来ない、オヤジが靴磨きするのが面白くて見物していたのか、そこでホバリングしたままなのである。
2度ほど後退りするような感じで動いたかと思ったらそのままスッと飛び去って行った。
昼に実家の玄関を開けたままで靴の手入れをしていると「ブーン」と左上から重そうな太い羽音がする。
春になると玄関の天井付近にある通風口から巣作りに入ってくるスズバチ(スズメバチではない)が帰ってきたのかと見上げてみれば似ても似つかぬずんぐりとした太い蜂がいました、大きな黒い目とオレンジ色の毛がアクセント、気は優しくて力持ちの「クマバチ」だった。
それは行儀の良いクマバチで、玄関の入り口で静止し羽音を響かせるだけで中には入って来ない、オヤジが靴磨きするのが面白くて見物していたのか、そこでホバリングしたままなのである。
2度ほど後退りするような感じで動いたかと思ったらそのままスッと飛び去って行った。
見た目は大きくて怖いけれど、実はミツバチに劣らぬほど大人しく優しいのだ、ふいに寄って来るのはオスが別のオスに警戒しているせいで、縄張りに入ってきたオスではないと分かればすぐに立ち去る、滅多に人を刺したりもしない。
ちなみに刺すのは針を持ったメスだけ、オスは手のひらに乗せてもなにもしない、このハチは他の虫を襲って狩りをする狩りバチではなく、花の蜜を吸う蜜バチなのだ。
私はこのクマバチのオスを見るとよくアメリカのバイク乗りを連想してしまう、ずんぐりと肉付きのよい髭面の男がヘルメットを被りにサングラスを掛けてバイクに乗っている姿、あれなのだ(笑)。
春に蜜欲しさに花から花へと忙しいクマバチに遭遇しても、無碍に叩き落として殺したりしませんように。>皆様
・・・と、この日記を書いている現在、いつも夜に聞くFMラジオの番組の話題は偶然にもクマバチだった。
うちの実家にはハチが何種類かやって来る、常連は冒頭でも書いた通りのスズバチ、他は営巣場所でも探しているのかアシバガバチ、それに迷い込んでスズメバチ(危ないので叩き落す)。
クマバチがうちにやって来たのは今日が初めてのような気がする、このハチなら常連化してもらっても構わない、歓迎するのだが。
春になると玄関の天井付近にある通風口から巣作りに入ってくるスズバチ(スズメバチではない)が帰ってきたのかと見上げてみれば似ても似つかぬずんぐりとした太い蜂がいました、大きな黒い目とオレンジ色の毛がアクセント、気は優しくて力持ちの「クマバチ」だった。
それは行儀の良いクマバチで、玄関の入り口で静止し羽音を響かせるだけで中には入って来ない、オヤジが靴磨きするのが面白くて見物していたのか、そこでホバリングしたままなのである。
2度ほど後退りするような感じで動いたかと思ったらそのままスッと飛び去って行った。
昼に実家の玄関を開けたままで靴の手入れをしていると「ブーン」と左上から重そうな太い羽音がする。
春になると玄関の天井付近にある通風口から巣作りに入ってくるスズバチ(スズメバチではない)が帰ってきたのかと見上げてみれば似ても似つかぬずんぐりとした太い蜂がいました、大きな黒い目とオレンジ色の毛がアクセント、気は優しくて力持ちの「クマバチ」だった。
それは行儀の良いクマバチで、玄関の入り口で静止し羽音を響かせるだけで中には入って来ない、オヤジが靴磨きするのが面白くて見物していたのか、そこでホバリングしたままなのである。
2度ほど後退りするような感じで動いたかと思ったらそのままスッと飛び去って行った。
見た目は大きくて怖いけれど、実はミツバチに劣らぬほど大人しく優しいのだ、ふいに寄って来るのはオスが別のオスに警戒しているせいで、縄張りに入ってきたオスではないと分かればすぐに立ち去る、滅多に人を刺したりもしない。
ちなみに刺すのは針を持ったメスだけ、オスは手のひらに乗せてもなにもしない、このハチは他の虫を襲って狩りをする狩りバチではなく、花の蜜を吸う蜜バチなのだ。
私はこのクマバチのオスを見るとよくアメリカのバイク乗りを連想してしまう、ずんぐりと肉付きのよい髭面の男がヘルメットを被りにサングラスを掛けてバイクに乗っている姿、あれなのだ(笑)。
春に蜜欲しさに花から花へと忙しいクマバチに遭遇しても、無碍に叩き落として殺したりしませんように。>皆様
・・・と、この日記を書いている現在、いつも夜に聞くFMラジオの番組の話題は偶然にもクマバチだった。
うちの実家にはハチが何種類かやって来る、常連は冒頭でも書いた通りのスズバチ、他は営巣場所でも探しているのかアシバガバチ、それに迷い込んでスズメバチ(危ないので叩き落す)。
クマバチがうちにやって来たのは今日が初めてのような気がする、このハチなら常連化してもらっても構わない、歓迎するのだが。
2014年4月1日火曜日
うっすら日焼け
昨日の天気予報で言われたようなPM2.5の影響などまるで冗談だったかのよう、それくらい空が青かった今日は午前中から地下鉄で天神へ出掛けた。
ビックカメラにロフトにインキューブ、だけど買ったものは小さな手提げに1つぶん、帰り間際にベーカリーに寄るので手提げはもう1つ増えはするけどその程度。
ビルとビルの間の移動で地下を歩き回って疲れたところで地上に上がり、コンビニで買った冷えた飲み物片手に福岡市役所前広場でしばしぼんやり、ここには誰でも使えるテーブルに椅子もある、ほどなく太陽が子午線を越えようかという時刻なので周りで既に昼食をとっている人や、これから食べようと買ってきたサンドイッチや弁当を広げる人も何人かいる。
目の前が開けていて、足元に広がる人工芝では子供が寝転がって遊んでいる、お昼を過ごすには家族連れだろうがサラリーマンだろうがちょうど良い。
そうやって男女問わずいろんな年代の人たちが混ざって自由に休息できる場所というのは良いものだと思う、なんだか見ていてホッとするのだ。
今日は気温が上がって長袖で歩きまわるにはやや暑い、袖をめくっている人もいれば、脱いだ上着を腕に掛けている人もいる、そのせいかいろんな半袖君が地下街やビルの中にいた。
日陰に座っていると乾いた西寄りの風が袖口に涼しくて心地良い、聞こえてくる人の話し声や車の音が大きくなくボソボソ程度に耳に届いてくる、全くの無音は逆に気になって目が冴えてしまうが、今日のそこでは適度だったので・・・なんだか眠くなってしまった。
太陽は先月末で既に高度60度を越えていてかなりの高さ、日差しに晒された手首から先が心なしかうっすらと日焼けしたようにも見える。
明日も晴れの予報が出ているようで乾いた晴天が期待できそう、個人的には今の季節のこれくらいの陽気が爽やかで一番快適だなと思う。
この心地よさはせいぜい初夏までで、すぐ後には蒸し暑さがやってくるのでそう長くは続かないのが残念だけれど。
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