今日は正午過ぎから自転車で20分弱の場所にあるドンキホーテへ、WEBチラシで見付けた電動かき氷機が欲しかったがため。
だが、実物を確認すれば耐久性が不安な感じだったので買わず、新しい歯ブラシと黒胡椒の詰め替えのみを購入、帰り道は来た時と同じように大きな通りではなく古い民家も多い網の目のような路地を通ることに。
スーッと空が暗くなってポツンと雨が落ちたか・・・と思ったらいきなり強く降り始め、箱崎なのか馬出(まいだし)なのかはっきりしない地点で雨宿りで近くの軒下へ逃げ込んだ、
風が強くなって膝あたりに雨が当たり始めたのでもう一段奥へ入れば・・・、そこは誰も住んでいないのが雰囲気だけでも分かる2階建てアパートの1階通路、郵便受けは荒れ放題、どの部屋の電気メーターも機能していないようである。
「家屋は住人を失うと途端に色褪せて古ぼける」と何かの話の中で中学の担任が言ったのを思い出してしまった。
雨宿りしているそのアパートの隣もきっと同じ形の建物であろう住人なきアパート、この2棟は1号棟と2号棟だったのだろうか、どの窓にもカーテンは無い。
1階の奥の部屋、部屋の場所と雨空のせいで暗いながらも窓ガラスが手のひら大で割れているのが見える、風向きによって部屋の内側から何か白い布のようなものが割れた部分に蓋をしたり、また離れたりを繰り返していました。
見ていると何度目かでパッと離れたまま戻って来なくなった、ポッカリと暗い穴が開いている、いつまで見ていても白いものが蓋をすることはなく、それでもジッと見ていると奥にフワリと何か見えてきそうでなんとも言えず気味が悪く、そして怖い。
頭の中で幽霊が誕生した瞬間だ、そこにそんなものは存在しないのに、怖さや気味の悪さを覚えた時に頭の中でぬうっと産まれ、そのまま頭の中をゆらりと徘徊するのである。
その幽霊の寿命は怖かった光景を忘れるまでの間、思い出す度に歩き回ってまた怖がらせるのだろう。
早く降りやんでくれぬかという思いとは逆に、雨はなかなか弱くならない、寧ろ強くなっているのではなかっただろうか、直接地面を叩く雨音と、廃屋となったアパートの雨どいに集まった雨水の音を耳で確かめつつ、ちらちらとその奥の部屋を振り返っては見ていた夕刻のことだった。
2010年5月26日水曜日
おもちゃのような端末
今日の仕事は午後1時まで、帰りは寄り道で自転車がよろけそうなほど強い風が吹く中、大名を通り抜けて天神へ。
ヘッドフォンのイヤーパッドの替えを買いに行けば「使用済み携帯電話の回収にご協力を」というポスターをビックカメラで見かけた、ちょうど店員が剥がしているところで、その後には同じ趣旨の新しいデザインのものを貼っていた。
そう呼び掛けが始まって久しいらしい、実は古い携帯電話をたったの1度でも回収品として引き取ってもらったことがない、手元に残しているのだ、端末コレクターでもないのに。
そう頻繁に機種変更をするほうではなかったので、手元にあるのは最初にPHSを契約した時の東芝製のDL-26Pという今となってはオモチャのようなもの。
その後の端末は1台だけオークションに出品し、落札され、嫁いで行った。
念のため「使用するにはWILLCOMとの契約が必要ですよ」と落札者に伝えたところ「トランシーバーで現場での使用ですので大丈夫」という返答があったので、どこぞの工場や事務所等でトランシーバーモードを活かして従業員間の連絡用として活躍してくれているはず。
更にオモチャのような端末を使っていたこともある、東芝から発売された「テガッキー」というポケベルを一回り大きくしたような端末、なんと通話機能がないのである、1000(2000?)文字までのメールとモノクロで荒いドットの手描きイラストを送るだけの端末。
メールサービスに特化したようなもので、奇抜な端末だったがバッテリーの持ちが良く、入力しやすくて面白い端末だった、使わなくなったのはテガッキーそのものがサービス外の端末となって専用料金コースも無くなったから。
さて、確か姉の下にも古い端末が1台あったような・・・、今でもあるだろうか、私のと一緒に2台を回収品として出してみようか。
貴金属やレアメタルを天然資源として新規に採るよりも、遥かに高密度で効率の良い採りかたができるという、押入れで眠っているだけのそんな古い端末の中に貴重なものが詰まっているなどと、理屈では理解できてもピンとは来ませんけれど。
2010年3月25日木曜日
花とおじさん
今日は普段よりずっと早めの休憩時間をいつものスタバ・・・ではなくペットボトルのお茶を片手に近所の散歩、少しだけ遠くまで歩いてきた。
あちこちに白だ黄色だと花が咲いている、いや、もう花だけではない、柔らかそうな新緑で頭より少し高い位置が段々と埋まり始めている。
日差しはとうに強くなって、うっかりしていると日焼けしてしまう、皮膚に悪いのは知っていて蓄積する毒のようだと言われてはいても、ひとときの散歩の間では特に気にはしない、それより日差しを受けることの心地良さのほうがずっと勝ってしまうせいか。
通りがかった某料亭、通りから垣根越しにほぼ満開の桜が見えている、その遥か上の青空と一緒に撮りたくなって入り口に少しだけお邪魔して上空をパチリ、目線を下へ戻せば馬酔木の花も重そうなくらい咲いていたのでおまけの1枚を狙う、が、なかなか位置が決まらない、携帯の液晶が明るい屋外に負けて確認し辛かったせいだ。
もうちょっと右か・・・、下からか・・・と迷って撮ったところへ後ろから「おじさん何撮ってるんですかー?」と若い女性のものだとすぐに判る声が聞こえる、振り向けば石組の上に20歳ほどの2人が座っているではないか。
「花」と答えれば「あー、きれいですよね」と言う、この年代によくあるおっとりとした口調、逆になぜそんな所でパンを食うのだとモグモグと口を動かす2人に訊けば「お昼どこで食べようかなって思ってたら桜がキレイだったんでちょっと花見しようかってことになったんですよー」。
花見か、よその料亭の敷地内で窓からチラチラ見に来る賄いさんを気に留めることもなく桜を見上げてパンを食うのか・・・、そう思うと可笑しくなって笑ってしまった、いや、人ごとではない、私も携帯片手に花の画像を狙って入って来た輩に過ぎない。
仕事場へ戻るのに福岡城址を通り抜けようとした途中で、前から何故かこの時期で真っ黒に日焼けした人も混じる坊主頭の数人が敷物片手にウロウロしている。
花見がてら、皆でのんびり過ごすのはさぞ楽しかろう、暑くもなく寒くもなくそんなお昼がぴったりの日だった。
2010年2月5日金曜日
宗像市へ嫁ぐ庭木
近所の庭木がよそへ貰われて行くことになった、嫁ぐのは実家町内のお宅の庭に植えられていたイチイの木、庭の半分を駐車場として使うために高さ2mを超えるほどにまで成長したイチイの処分となったようです。
買うと高そうではある。
以前に「要りませんか?」と言われたことがあるのだが、うちの庭は狭くて植えるスペースが確保できないので無理だったのだ。
もちろんよそへ貰われて行くと言っても切り倒して薪にするのえではない、ちゃんと植えてもらうのだ、引き取り手はいないものかと探していたら宗像市内の個人が見つかったという、ただし、実際に引き取りに来るのは今月中旬。
「なかなか大きくならないけど枯れもしないね」というのが口癖みたいになっていた町内のそのお宅、イチイはゆっくり育つのだが割と小さい頃から春に白い花を、秋には甘みのある赤い実を付ける。
そのお宅の人は食べているというのを知って驚いたことがある、イチイの実は無毒だが種は有毒なのだ、噛み砕いたりの心配は無いのだろうか、種は食べぬようにと伝えはしたが。
確か葉も幹も有毒、赤い実の果肉部分だけが無毒だったような・・・。
初めて見ると変わった実だと思う人は多そう、葉も独特、庭木にするには面白い木、先に書いた赤い実は小さくてかわいい、それに綺麗なのだ、「うわ、なんだ、毒があるのか」と嫌うことなかれ、触れても嗅いでも全く影響なし。
そのお宅の2人のお子さんが小さい時はクリスマスになるとイチイの木にいろんな飾り付けをしていたのを見たことがある、お菓子の空箱やガラポンで出てきたカプセルとかぶら下げて。
不思議と飾り付けをすると雨が降っていたけれど(笑)。
そして小学校も高学年になると現実に目覚めるのか飾り付けばしなくなったようだが。
そんなイチイの木、嫁ぎ先で枯れませんように、そして、嫁ぎ先のお宅の人がうっかり種まで食べてしまいませんように。
苦いらしいのでうっかり噛んでも吐き出すとは思うけれど。
買うと高そうではある。
以前に「要りませんか?」と言われたことがあるのだが、うちの庭は狭くて植えるスペースが確保できないので無理だったのだ。
もちろんよそへ貰われて行くと言っても切り倒して薪にするのえではない、ちゃんと植えてもらうのだ、引き取り手はいないものかと探していたら宗像市内の個人が見つかったという、ただし、実際に引き取りに来るのは今月中旬。
「なかなか大きくならないけど枯れもしないね」というのが口癖みたいになっていた町内のそのお宅、イチイはゆっくり育つのだが割と小さい頃から春に白い花を、秋には甘みのある赤い実を付ける。
そのお宅の人は食べているというのを知って驚いたことがある、イチイの実は無毒だが種は有毒なのだ、噛み砕いたりの心配は無いのだろうか、種は食べぬようにと伝えはしたが。
確か葉も幹も有毒、赤い実の果肉部分だけが無毒だったような・・・。
初めて見ると変わった実だと思う人は多そう、葉も独特、庭木にするには面白い木、先に書いた赤い実は小さくてかわいい、それに綺麗なのだ、「うわ、なんだ、毒があるのか」と嫌うことなかれ、触れても嗅いでも全く影響なし。
そのお宅の2人のお子さんが小さい時はクリスマスになるとイチイの木にいろんな飾り付けをしていたのを見たことがある、お菓子の空箱やガラポンで出てきたカプセルとかぶら下げて。
不思議と飾り付けをすると雨が降っていたけれど(笑)。
そして小学校も高学年になると現実に目覚めるのか飾り付けばしなくなったようだが。
そんなイチイの木、嫁ぎ先で枯れませんように、そして、嫁ぎ先のお宅の人がうっかり種まで食べてしまいませんように。
苦いらしいのでうっかり噛んでも吐き出すとは思うけれど。
2009年12月30日水曜日
撮れぬ月暈と車を拾えぬ女性
夜更かしだろうが朝寝だろうが特に予定の無い休日なので仕事うんぬんには何ら影響しない、昨晩から散々ネット対戦で囲碁やリバーシで遊んだ後の未明に暇を持て余し、夜が明けてからでもいいはずの買い物を散歩代わりにJR吉塚駅隣のいつものスーパーへ行った。
深夜の空は時折雲が速めに流れるくらいで、空には明るい月が出ている、予報の雨はまだまだ遠そうだった。
駐輪場にズラリと並ぶ自転車は、てっきり駅の利用者等が勝手に停めているのだろうと思っていたらそんな時刻にも関わらず店内にはそこそこの数の客がいた。
カートを押して1周し、レジに並んで支払ったのはみかんと早生キャベツと2割引のカナトフグを2パックの代金。
駅前通りに面した駐輪場に戻って前のカゴに荷物を入れてみればなんとなく収まりが悪い、何度か直しながら通りの向かい側を見てみれば1人の女性が東方面へ向うタクシーを拾おうとしていた。
逆の西方面へ向かう空車をUターンさせようと手を振ったけれど気付かれなかったようで目的は果たせず。
いっそJR吉塚駅のロータリーか、もうちょっと移動して警察本部側から合流する交差点に立っていたほうが捕まえやすいのではないか・・・などと考えてみる、時刻も時刻、場所も場所なので。
駐輪場から出れば己の手の甲がほの明るい、月の明るさだ。
見上げれば珍しいことに月暈がくっきりと出ている。
今日の暈は目にする機会が多いほう、太陽や月の中心と自分とを結ぶ線からの角度46度ではなく22度のそれ、日暈を見る人は多いのですが、個人的には夜空を見上げる機会が多いので日暈よりも月暈のほうが記憶に多い。
なんとか携帯で撮ろうと腕を伸ばして何度か挑戦、撮影モードを変えても挑戦、月だけを外して暈だけにも挑戦、・・・、難しい、うまく撮れない。
なおタクシーを拾えぬ女と車道を挟んだ斜め向かいで数分は月暈を撮ろうと粘っていたこちら。
結局、そこそこの画像で諦めた。
時刻は午前2時47分、丑二つから丑三つ時へ差し掛かる晦日の未明のことでした。
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